久々に奥田英朗を読んだ。
小説すばるの2005年11月号から2006年12月号までに掲載された短編を集めたもの。
人はだれでも、そんなには非凡に生きられなくて、そこそこのところで身の丈にあった生活を見つけて、暮らしているもの。
こんな風にも、あんな風にも生きられたのかな、なんて思いをはせることもあるけれど、そこそこの今の暮らしを思い返して、「まあまあの人生だ」と自分を納得させる毎日。
そんな日々を、少しだけ変えさせる出来事が起こる。
それは平凡な主婦がはじめて経験するインターネットオークションであったり、リストラにあった旦那が始めて家事を経験して、主夫としての己の適性に目覚める過程であったり、内職の仕事を持ってくる若い営業マンに対する、主婦の性的妄想で会ったりするのだけれど、どの主人公も、結局は今の自分の立ち位置の大切さを再認識して終わる。
そう、退屈な人生なのかも知れないけれど、そんな生活しか持ち得なかった自分がちょっとさびしい気もするけれど、
…いっしょに歩いてくれる家族や友がいる、この毎日は、とても愛おしい。
達者な書きっぷりで、ともすれば単なる技巧派(うまい作家)に見られるかもしれない傾向もあるけれど、ぼくはこの人の作風が好きです。
懸命に生きる人たちへの、あたたかいまなざしが、いつも感じられる。
今回いちばん好きだったのは「家においでよ」という短編。
別居で妻が出て行って、がらんとあいたマンションに、
主人公が買い揃えたのはオーディオセットにホームシアターセット。
そこに、実家にしまいこんでおいた300枚のLPレコードを持ち込む。
ジャーニー、トーキング・ヘッズ、ドナルド・フェイゲン、ラバーボーイ、ユーリズミックス、、、
彼は好きなロックや本に囲まれて、毎日をすごしたかったのだ。
ハイセンスなインダストリアル・デザイナーである妻といっしょのときには
絶対に出来なかったのだけれど。
会社の同僚たちがうわさを聞きつけ、いつしか彼の部屋は中年男たちのたまり場になる。
「おれはレッド・ツェッペリンのDVDを観たい。一昨年出た二枚組みのやつ」「男の隠れ家」といえばかっこうはいいけれど、ようは中年男が集まって、好きな映画や音楽にどっぷりつかりながら、飲んだり喰ったりして、会社帰りの数時間を過ごしているだけ。
「おれは黒澤映画を観たい。『七人の侍』を心ゆくまで鑑賞したい」
「おれは『ゴッドファーザー三部作』をすべて観たい」
でも、彼らはみな、心から安らかな気持ちでいる。
「おれ、思うんだけど、男が自分の部屋を持てる時期って、金のない独身生活時代までじゃないか。でもな、本当に欲しいのは三十を過ぎてからなんだよな。CDやDVDならいくらでも買える。オーディオセットも高いけど何とかなる。けれどそのときは自分の部屋がない…」
同感…。でも、それならみんな結婚生活を終わりにして、趣味に走ったほうが本当に幸せなのか? っていう展開が、そのあとに続くのだけれど、
そこはぜひ、手にとって読んでください。
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