2月 20, 2010

"rock'n'roll "

2月 20, 2010


「パイロット・フィッシュ」や「アジアンタム・ブルー」の大崎善生による、ロックと恋とセックスと文学をモチーフとした、非常に私好みの作品。

端正でシリアスな文章を書く人だ、というイメージが強かったのだけど、この作品での文体はとっても軽妙かつユーモラス。描写対象への強い客観性は、あいかわらずちょっと村上春樹っぽいけれど…。

熱帯魚雑誌の編集者から作家に転じた中年男性の主人公。見事に文芸賞をとってデビューしたのはよいけれど、2作目がなかなか書けない。そこでパリのポートオルレアンにでかけ、ホテルにカンヅメになって日がな一日執筆に励むことに。そこになぜか突然次々と現れる担当編集者の高井、その彼女でライバル出版社編集者の久美子、そして久美子の元カレの鏑木。この3角関係(?)に絡めとられた主人公はいつの間にか久美子と恋に落ちてしまう。ところが彼女は主人公の元彼女と不思議なつながりがあった…、という、とてもとてもややこしいストーリー。

全体を通じたペーソスと按配のいい切なさ加減がとてもよかったです。主人公の優柔不断さにも、えらく共感できたし…。

あちこちに引用されるロックンロールの名曲も、いい感じ。ツェッペリンの「天国への階段」、ジェフベックの「哀しみの恋人たち」、ジョージハリスンの「オール・シングス・マスト・パス」…。たとえば主人公が始めて久美子と二人きりになったタクシーの中でジェフベックが流れ、久美子が「私この曲知ってる」と言い、そこでこの20歳ほども年の離れたカップルは一挙に距離を縮めるわけです。そういうときのスリリングさって、ありますよね。恋に落ち、おぼれ、別れ、そしてまためぐり合う。振り向けばいつもそこに、ロックンロールが流れていた…。

いつかはそういう小説を書いてみたいな、と最近思います。「小説を書く」ということについて主人公が作中で編集者に語っている箇所があって、なるほどな、と思ったのですが、「たとえば何でもいいや、パリのこのカフェに夕陽があたってるというシーンがあったとして…」それを文章で表すとすると、幾通りもの表現があるわけですよね。小説を書く、っていうのはその中から最もしっくり来る、一番適切な表現をこつこつと選びながら、10枚、20枚と書き進めていく、ことだそうです。ひとつひとつ、こつこつと。最終的に、小説は出来上がらないかも知れない。ストーリーはエンディングを迎えないかも知れない。全ての努力は報われないかも知れない。それでも、小説を書くということは、そうやってひとつひとつ、こつこつと、ぴったりくる表現を重ねていくしかないんだ…。

確かにしんどい仕事ですね。でもそうやって出来てきた100枚、200枚の原稿は、まさに言葉の真ん中の意味で「作品」と言えるのかも知れない。そんなことを考えました。

0 コメント :

コメントを投稿

 
◄Design by Pocket, BlogBulk Blogger Templates . Distributed by Deluxe Templates