馬車道をまっすぐ進み、左に曲がって、パブやスナック、焼肉屋やバーがひしめく狭い通りをちょっと行ったところの雑居ビルの一角。
夢音は、そこにあった。
夢音(むおん)は古い古いプログレ喫茶。たまにライブもやっていた。
浪人のころだから、70年代の終わりだったと思う。
たしかまだ、横浜スタジアムのあたりに野音があった。
プログレと言っても、きのう書いたように、クラシックベースのやつや、ジャズ・インプロビゼーション寄りのやつ、シンセサイザーと発信音だけのやつとか、いろんな芸風があったわけだけれど、
夢音でもっぱら流れていたのは、
ぐしゃぐしゃざーじー、どきゃがすどてずり、どぅばぅでぃうべう、ぴろんぱろんきーっけーっ、しゃーっしゃーっ、ぎゅいーんんん…
などという、
今でいう「ノイズ系」に近い、わけのわからない騒音ばかり。
スピーカーも1個1畳くらいの巨大なやつがいくつも並び、
ほぼ拷問のような爆音がいつ果てることなく続いていた。
真っ暗な店内には、どよーんとした陰鬱な空気が重くたちこめ、
アルミホイルをグシャグシャにしたのが壁や柱にびっしりと貼り付けられ、
安っぽいミラーボールが回りだすとギラギラちらちらとそれに反射して、
えも言われぬ強力な場末感を演出していた。
暗くひねこびた浪人生の自分は、
「こんなところで、ふつうの人には理解されないような雑音を聞いている、ふつうの人とは違うジブン」にうっとりと陶酔しながら、
ひがな一日、それはそれは無駄な時間をすごしていたのだった。
しかしあの店は、いったいいつ休んでいたのだろう。
深夜はもちろん延々と営業していて、きっと朝までずっとで、
でも昼近くに行っても、当たり前のようにオープンしていた。
昼カラオケならぬ、昼プログレ。
思い出した。
ああいうのを、あの頃は「マイナー」って言ってたんだ。
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