はるか、はるかに昔のこと。
「あれ、Sさん、ウチ、ワープロ買ったんですか?」
「おお、いよいよな。OA化ってやつだな」
ある日いきなり隣の机に置かれていたピカピカのワープロマシン。
「富士通のOASYSってやつだ。あんた、新入社員でいちばん若いんだから、そういうの、どんどん使って覚えて」
「えー」
と困ったように言いながらも、すでに電源ボタンを押していた自分。
思えばあの頃から、人一倍おっちょこちょいだった…。
ぶーん、とゆっくり立ち上がる白黒画面。
「とりあえず、文字の打ち方覚えてよ。『親指シフトキーボード』だって」
「いや、キーボードもなにも、今まで和文タイプしか使ったことありませんし」
「キカイの中に、練習問題が入ってるらしいから、それで練習してみて。ちょうど、お客さんあての手紙を書いてるから、早く覚えて清書してよ」
(このおじさん、絶対自分で覚える気ないな…)
しぶしぶ画面からその練習問題を開く。
「キーボードの上に両手を置いてください。人差し指はここ、、中指は…、これを『ホームポジション』といいます」
(ふむふむ)
「まず、右手の練習をしてみましょう。人差し指から順に、この文字を打ってください」
”は と き い ん”
(はときいん? はと?)
キーボードをよくみると、確かにその順に文字が並んでいる。
ただの配列で、とくに意味はないらしい。
しかたなく人差し指、中指…とキーをたたく。
「次は左手です」
”せ け て し う”
(せ け て し う…と)
「つぎは右手で、キーボードの上に書いてある文字を…」
”み お の ょ っ”
(……)
だんだん、腹が立ってきた。
なんだよ、「みおのょっ」って。
そんな単語、打つことなんか、あるわけないじゃないか。
なにせはじめてさわった「キーボード」だし、
(パソコンどころか、ワープロ専用機でされ、最新鋭の機器だったのだ)
慣れない小指や薬指を伸ばして打つのも疲れるし。
「みおのょっ」なんて、あまりにもばかばかしくて脱力だし。
「Sさん、俺、なんかキーボードって好きになれそうにないです。多分相性が悪い」
「えー、まあそう言わずに、もうちょっと頑張ってみてよ」
いや自分が覚えたくないからだろう…と、ぶつぶつ言いながら
次のページへ進む。
「では、今まで覚えたキーを使って、次の文を打ってみてください」
”きみは てんし”
(……)
ちょっとだけ、感動した。
…やるなあ、キーボード。
はるか、昔のお話でした。
それではここで、ジミ・ヘンドリックスの「天使」を。
And I said, "Fly on my sweet angel,
Fly on through the sky,
Fly on my sweet angel,
Tomorrow I'm gonna be by your side"
飛ぶんだ 僕の天使
あの空をずっと 羽ばたいていくんだ
ずっと君のそばに いるよ
7月 19, 2011
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