3月 02, 2010

バンド・オブ・ザ・ナイト

3月 02, 2010

巨匠中島らもの「バンド・オブ・ザ・ナイト」。

これはすごいよ。
ものすごい才能×ほんまもんのジャンキー、この掛け算でないと生み出せなかった傑作。
ほのぼのもありつつ、ウィリアム・バロゥズでもあり、
村上龍やDragon Ashでもある。

たとえば、「ロックンロール」を定義する試みのパッセージ。


セックスはロックンロールだ。寒いベッドのなかで、おれが君の小さな唇に口づけするとき、小さな火が夜の中に点る。それがドラムのカウントだ。やがてはじまる熱い前奏。唇が君の体をさまよい歩く。温かく濡れた君の性器、マイクスタンドのようなおれの性器、やがて律動が始まる。脳みそがぶっ飛ぶような快感とエンディング。セックスはロックンロールだ。 接吻はロックンロールだ。最初は小鳥のように、やがて激しく舌のたわむれがあって、おれは君の腰を抱き寄せる。君の頭蓋骨ごと吸い込んでしまいそうなバキュームカー。接吻はロックンロールだ。どこへ。この世の外ならどこへでも。
ロックンロールは何者も救済しない、いやさない。ロックンロールが言っていることはひとつだけだ。おれはお前が壊れるまでやりたい。そう、あの感じだ。 いまだ名付けられていない精神状態、G7とC7とDの三つのコードだけで、腰と膝が拍子を打ち出す。何もかも叩きのめしてやりたいような、ぶっ壊してやりたいような、反対側までぶち抜いてやりたいような、 顔の皮をひっぺがしたいような、何もかもにも見捨てられたような快感、この世の出来レースに唾をかけたいような、二日酔いの朝の嫌悪感のような、ざらざらした感情、それがロックンロールだ。
やがてほどかれた君の真空がたちあらわれるとき、E♭のロックンロールが鳴り響くだろう。 バンドががたぴしと演奏するロックンロールが。E♭とA♭のたったふたつのコードで、どかすかと調子っぱずれに。歌詞はよく聞こえないし、誰も聞こうとしない。涎をだらだら流したヴォーカリストのざらしとした声。誰も歌詞なんか理解しようとしない。ベースは地を這う大蛇のように。ドラムは百円入れたら作動する機械のように。農夫の鍬のようにリフを刻むギター。足踏みと投げつけられるビール缶と手拍子とブーイング。悲鳴をあげるリードギター。モニター・スピーカーに貼られた曲順表。「あっ」が一曲目。」「がたごと」「どうしようかな」「うまのほね」「ねたのよい」「ちまつりブギ」「トンネル天国」「夢うつつ」「犬のおまわりさん」「手首のきずはおととしの」「らりるれロックンロール」。 ハウリング、ジィジィいうアンプ。マーシャルの二百ワットを壁のように積んで。天然パーマの頭を短くまとめて、眉毛を剃って目の下をくまのようにメイクしたギタリスト。腰まである髪の毛をふりたてて踊り狂う元ダンサーのボーカリスト。踊りの合間のヴォーカル。濃い目ばり。キーもヘチマもない。P・Aもへったくれもない。押し寄せる聴衆。なぜかまぎれこんだ浮浪者。押し倒され踏みつけられる女の子。
夜はロックンロールの領土、EとA7とB7の領土。夜はエイト・ビートの領土。スネアとハイハットとバスドラムの領土。ブギウギの領土。大津波のような音の壁の領土。ミキシング・テーブルと酸欠の領土。バッド・チューニングとしゃがれ声の領土。音を貪り食うハイエナどもの領土。 ハウリングとディスコードとステージ・ドリンクの領土。切り裂く音と刻む音とうねる音の領土。そう、夜はロックンロールの領土。そして、すべてはロックンロール。音楽はロックンロール。ロックンロール以外に音楽はなく、あってもそれはロックンロールの影のようなもの。 そしてすべてはロックンロール。ロックンロールとはひとつの精神状態のことだ。名づけられたことのない精神状態。
文学はロックンロールだ。 アンドレ・ブルトンはその『第一宣言』において、セリーヌはその無法な毒づきにおいて、ヘンリー・ミラーは『ネクサス』『セクサス』『プレクサス』のはらむビートにおいてロックンロールだ。 ジョイスは自己創造と破壊において、ウィリアム・ブレイクは創世術において、W・バロウズは『裸のランチ』という動詞において、トリスタン・ツァラはその美しい名前においてロックンロールだ。文学は骨の太いロックンロールだ。 クライブ・バーガーは『血の本』でバスタブ一杯の血を用意し、ジャック・リゴーは『不在』において、アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグは夜への通底によってA・ネーポンは『非在』において、アントナン・アルトーはペストの名において泉鏡花は植物描写において、T・S・エリオットはわらの詰まり具合によって、アレン・ギンズバーグはバロウズとの『麻薬書簡』においてロックンロールだ。ロックンロールとはまだ名づけられていないある種の精神状態のことだ。
こんな感じ。
日本語で、ここまでロックな文体が存在するのは見たことがない。

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